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落札価格47億円フェラーリ・250GTO 悲運の歴史とレストア作業

3800万ドル (約47億円)という驚きの価格にて落札された名車フェラーリ・250GTOをご紹介しましたが、今回はそんな驚きの価値をつく名車のレストア作業風景をご紹介。今回の車両は1962年式の250GTOで、約15年もの間、野外に放置されていたというなんとももったいない1台でなんです。

フェラーリ・250GTOの悲運な歴史

この車両のシャーシ番号は3589、実際のレースでも2年間にわたり活躍しています。
また、この車両はイギリス向けに製作されたため、右ハンドル仕様となっています。1962年当時には4月から9月まで、マイク・パークスのドライブによりレースに参戦しました。

その後はバハマ諸島で数レースに参戦した他、アイルランドで開催されたレースにも参戦しました。そして1963年にはリッチー・ギンザーのドライブによってセブリング12時間耐久レースなどにも参戦しています。


レースへの参戦を終了した後は廃棄される予定でしたが、最終的にはオーナーであるトム・オコーナー氏により、テキサス州のビクトリア高校に寄贈されます。ビクトリア高校ではパレードなどに活用されたようですが、あまりにも高額の維持費により、今度は1972年に約80万円で、ジョー・コートン氏に売却されました。
その後、コートン氏はビクトリア高校から運んできた際の台車に載せたまま、15年間も野外に放置し続けます。周囲の方の助言や売却の提案にも関心を示すことなく250GTOは朽ち果てていくのを待つのみでした。

レストアがようやくスタート


そんな250GTOのレストア作業が開始されるのはやっと1986年になってまた別の所有者に移ってからです。


作業は必要なパーツなどを集めたり、レストア計画を立てた後、1988年から開始されました。

レストア作業は1990年のペブルビーチ・コンクール・デレガンスに出展することを目標に始められています。


作業はスイスのレストア・ファクトリーが、フェラーリの協力のもとで行っています。

作業を開始すると、ボディーのダメージは予想以上にひどいことが発覚します。


そこで、オリジナルボディーは塗装を剥離した上でカロッツェリアで展示用にすることになりました。

新たに作られたボディーはオリジナルのボディーラインを忠実に再現しています。


ボディーカラーはオリジナルのレッドからブラックへと変更しています。


ダメージの酷かったエンジンもフルレストアを行いました。

内装も丁寧にレストアされています。


こうして再びサーキットに帰ってきた250GTO、哀れな経緯を辿った車が最終的に何とか復活を遂げています。

レストアされ見事蘇った名車たち

記事参照元:
www.gefest-sv.kiev.ua

https://karter-kiev.net

webterra.com.ua