マツダ サバンナRX-7のラリーレースの歴史をまとめてみた

海外での日本車愛好家のサイト「JAPANESE NOSTALGIC CAR」にて、「SA22C RX-7のグループBカー」の歴史についての記事がありましたので、ご紹介。

SA22C RX-7のグループBカー
SA22C RX-7ベースのラリーカーは1982年シーズンには既にWRC:世界ラリー選手権に参戦しています。当時のカテゴリー分けはまだ数字で行われている時代であり、この車が参戦したのはグループ2です。

SA22C RX-7のグループBカー
その後、参戦体制を強化するため翌年にはMRTE:マツダラリーチームヨーロッパをベルギーに設立しました。写真のモデルでは、カラーリングに当時のCカーにも用いられたマツダのワークスカラーを使用しています。

SA22C RX-7のグループBカーエンジン
1984年には搭載するエンジンを12Aから13Bへと変更したグループBカーにてホモロゲーションを取得しています。もっとも、その後に登場するハイパワー・ミッドシップ4WDを中心としたグループBカーとは異なり、駆動方式やエンジン搭載位置まで変更したような、200台以上のベースカーなどが販売されたわけではありません。

SA22C RX-7のグループBカー
国内では搭載されていなかった13Bエンジン搭載モデルですが、海外向けのモデルとして1984年に販売されたSA22C RX-7 Series 3には既に13B RE-SI(Rotary Engine Super Injection)が搭載されており、グレード名がGSL-SEとしてラインナップされていました。標準状態では135馬力を発揮しています。

SA22C RX-7のグループBカー
13Bを搭載したSA22C RX-7のグループBレーサーはおよそ300馬力の出力を誇ったといわれています。
戦績としても1985年のアクロポリス・ラリーにて3位になるなど、ある程度満足できる成績も残しました。

SA22C RX-7のグループBカー
しかしその後に登場した、ホモロゲーションをうまく活用したハイパワー・ミッドシップ4WD群を相手にしてFR車で長く活躍することはかないませんでした。

SA22C RX-7のグループBカー
その後、マツダはファミリア4WDに参戦車両を変更し、グループAに参戦していきます。
一瞬の煌きと共に時代の狭間に消えていったこのモデルですが、ラリー界におけるマツダの足跡を確かに記したという点で忘れがたいモデルです。

記事参照元:JAPANESE NOSTALGIC CAR

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